東京日記

東京のこととかその他のこととか書いてます。『東京写真10選』毎週月曜21時から更新中。

スターウォーズらしさって何だ?【※ネタバレ注意 スターウォーズ最後のジェダイ感想】

こんばんは一流です。

普段は町歩きのブログですが、今日はスターウォーズ最新作「最後のジェダイ」の感想を書きます。スターウォーズのファンなので書かせてください。そして読んでください。

 

※ネタバレ注意です※

 

 

 

スターウォーズのファンなのでまた感想を書きます。

f:id:icchiryu:20171217221530j:plain

 

 

前作の感想は以下からどうぞ。

 

icchiryu.hateblo.jp

 

 

 

「最後のジェダイ」のCMなどでのアオリはこうでした。

『衝撃のスターウォーズ』『誰も見たことのないスターウォーズ』...

映画を見る前はよくある単調なアオリだなと思っていたのですが、鑑賞後に改めてこの言葉を見るとなるほど言い得て妙だなという気持ちになりました。

 

前作『フォースの覚醒』は良くも悪くも『新たなる希望』のストーリーの焼き直しでした。新たな三部作の一作目としては非常に入りやすい構成であったと思います。だからこそ新三部作の二作目にあたる今作が担う役割は重要でした。このまま旧作に沿った内容としてまとめていくのか、それとも全く新しいスターウォーズを展開してくれるのか...脚本・監督のライアン・ジョンソンが選んだのは後者でした。

 

守破離という言葉があるように今作では旧三部作にリスペクトを持ちながらもスターウォーズのお約束や定番を悉く破っていく描写が多く見られました。そのようないわゆる「スターウォーズらしさ」を排除していたことに対して意見が分かれるのは当然のことだと思います。殊にスターウォーズに関しては半ば伝説と化してしまっているEP4〜6がある以上、古い慣習を捨てるということがとてつもない挑戦的なことであったことは言うまでもありません。

 

しかしここで問いたいのはそのスターウォーズらしさ」とは誰が決めたものであるのか?と言うことです。

 

 

フォースはジェダイが使うもの。フォースは物を浮かせたり人の心を操ったりできるもの。ダークサイドを打ち倒すのはジェダイの役目...などなど。

 

スターウォーズ作品を見ていると無意識にこうしたお決まりがあると固定概念を抱いてしまいがちでした。しかし思い返せば劇中でこうした凝り固まったルールが明確に設定されている場面はありません。これらは我々観賞者が勝手に頭の中で作り上げていただけなのです、フォース、ジェダイをはじめとしたこれらの設定を破ってくれたのが今作の果たした大きな役目です。いや破ると言うよりは広げてくれたといった方が正しいかもしれません。

 

だからこそ今作ではお馴染みの『嫌な予感がする(I have bad feeling about this.)』と言う台詞もなければ、ライトセーバー同士の殺陣もありません。我々は「無くてもいいんだ」と思わされますが、同時に無くてはダメだと勝手に決めていたのは自分達自身であったことにもまた気づかされるわけです。

同様に「フォースってテレパシー的なこともできるんだ」「宇宙空間から宇宙船に戻ることができるんだ」「自分のヴィジョンを遠い星にまで送ったりできるんだ」などなど次々とこれまでの常識を覆すようなことが起きますがこの常識というのも所詮は我々の頭の中だけのものです。そもそも我々はジェダイではないのですからフォースの常識など知っているはずがないのです。

 

 

今作のそのコンセプトを最も端的に行動で示してくれたのがルーク・スカイウォーカーというのも感慨深いところです。

 

 

レイとルークのやり取りはまさに観賞者と今作の関係性のようでした。

レイから渡されたジェダイの象徴であるライトセイバーを捨てるルーク。

レイの「フォースは物を浮かせたり人の心を操るもの」という答えに「全てが間違っている」と答えるルーク。

 

まさに最後のジェダイである彼がこれらの行動を取ることで我々の中にある固定概念は次々と壊されていきます。彼の存在はまさに『最後のジェダイ』という作品のメッセージそのものなのです。

 

そしてそのルークですら躊躇したジェダイの原点とも言える場所の破壊を早々に雷を落としてやってしまったのがグランドマスターヨーダというところも面白いです。

今までジェダイやフォースの常識を私たちの頭の中に作り上げてしまっていたこの偉大な2人に自ら過去の遺物を破壊させる。ショック療法としては最適の手法でしょう。

ちなみにこのシーンはEP5,6のヨーダの暴走っぷりを久しぶりに見ることができて感無量でした。もちろんそのあとのルークとのやりとりも...。

 

 

ジェダイの滅びる時が来たのだ」という台詞もこれらを鑑みるとネガティヴではなく、むしろポジティヴな意味に聞こえてきます。カイロ・レンを闇に堕としてしまった彼にとってフォースを持つもの=ジェダイになるべきという考えそのものがもはや意味を無くしていました。

ジェダイってみんなが思ってるほど完璧で神聖なものじゃないよというメッセージはジェダイを神聖視しすぎていたレイひいては我々の心変わりをさせるには十分な材料です。

 

さらに言えば『ジェダイVSシス』という構図すらもう過去の遺物であるということです。

そもそもスノークやカイロ・レンもダース(Dark Lord of the Sith)の称号がありませんしシスの暗黒卿ではありません。今作でルークが逝ったことでライトサイドとダークサイドの戦いはこれまでの『ジェダイVSシス』から次のステージへ移行していくことになるでしょう。

 

 

 

また今作はスターウォーズの世界観そのものも大きく広げてくれました。

『正義の味方・レジスタンス』VS『悪の軍団・ファーストオーダー』と設定して見ることは簡単です。しかし今作ではその裏で争いによって利権を得ている存在やレジスタンスやファーストオーダー内部での軋轢の描写も目立ちました。スターウォーズがこれまで描いてきた人間ドラマを新たな側面から見せてくれたこともまた新鮮でした。

 

 

 

 

 

しかし旧作の全てをぶち壊したかと言えばそうでもありません。

むしろ旧三部作でキャラクターが行った行動を綺麗に新キャラクターが引き継いでいるシーンも多くあります。

主にレイは旧三部作で言うところのルークの行動、そしてルークはオビ=ワン、ヨーダダース・ベイダーなどの行動をそのままとっているシーンがいくつかありました。

例えばレイが敵の基地にライトセーバーを持ち一人で乗り込み、拘束された状態で敵の大ボスと会うというシーンはまさにEP6のルークと完全に同じです。

ルークはというとレイへの修行シーンはルークに修行するヨーダを、レイに打ち倒され丸腰で倒れるシーンはルークに打ち倒されたダース・ベイダーを、闇に落ちた自らの弟子と対峙し戦うシーンはオビ=ワンを想起させます。

 

しかし『最後のジェダイ』はそこからこれまでにない展開を必ず見せました。レイはカイロ・レンと戦わずまさかの共闘、ルークはオビ=ワンと同じ死に方をするかと思いきやまさかの実体のないヴィジョンであった...など。

旧作と同じ導入をあえて用意しその後の展開を裏切ることで新しいスターウォーズであることを強く訴えかけているのです。レイはルークではないし、ルークはオビ=ワンではありません。過去に同じようなことが起きていたとしても、そこからどういう行動するかは新三部作を生きるキャラクターたちが選択していくことです。敵の大ボスをあっさり殺しちゃってもいいし、レイの両親は誰でもなくったっていいんです。今まで見たことのない展開になるのは当たり前のことであり、これこそが新三部作が作られた意義でもあるのです。

 

 

 

 

 

『今までのスターウォーズから解放する』

 

 

このコンセプトが今作の根幹であることを前提として改めて見てみるとあらゆるシーンがそのメタファーではないかと思えてきます。

 

 

例えばカジノのシーンはスターウォーズはこうあるべきだ」「こうでなければ認めない」と作品を狭苦しいところに押し込み、飼い慣らして、傷つけてしまっていた観賞者のところにフィンとローズがやってきてその檻を解放しもっと広い自由な世界へ解放したようにも見えます。

 

 

また輸送船のシーンではいつまで経っても追いかけてくるEP4,5,6の解釈やそこから放たれる鬱陶しい批判に、ホルド提督は真正面から向き合い正面突破することでその幻影をついに木っ端微塵に打ち砕いたようにも見えてきます。

 

 

いずれのシーンも思わず息を飲む迫力と美しさがありました。これは今作そのものが持つ旧作への覚悟が背景にあるからではないかと思ってしまうのは考えすぎでしょうか。

 

 

 

 

EP8にして一気に世界観が広がりを見せたスターウォーズですが、EP9はこの解き放たれた環境をうまくまとめることができるのでしょうか。

レジスタンスもファーストオーダーも消耗しきっており、過去のキャラクターは次々と退いていきます。残された新三部作のキャラクターが一体どんなドラマを最後に見せてくれるのか、楽しみにしながら2年後をのんびり待ちたいと思います。

 

 

おわり